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福岡高等裁判所 昭和58年(ネ)583号 判決

控訴人

松田禮子

控訴人

松田一民

右両名訴訟代理人弁護士

岩崎明弘

被控訴人

有限会社メガネの松田

右代表者取締役

松田みち子

右訴訟代理人弁護士

三代英昭

佐藤進

主文

一  原判決主文二項を次のとおり変更する。

1  控訴人らは各自被控訴人に対し金一二〇六万八四七八円及びこれに対する控訴人松田禮子は昭和五八年四月二二日から、同松田一民は同年七月一四日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  控訴人らの本件控訴中その余の部分を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の負担、その余は控訴人らの連帯負担とする。

四  この判決は、一の1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  被控訴人の請求原因の訂正

1  原判決三枚目表二行目から三行目にかけて、「右有限会社メガネの松田」とあるを「右有限会社ニューメガネの松田」と改める。

2  同三枚目裏一二行目から同五枚目表八行目まで(請求原因8項)を次のとおり改める。

「8 被控訴人が控訴人らの本件不正競争行為により蒙つた損害については、商標法三八条の規定を類推適用して、右行為によつて控訴人らが得た利益額をもつてその損害額を推定すべきである。

ところで控訴人らが各店舗で不正競争行為をした期間とその間の平均売上高及び合計売上高は、次のとおりである。

① 小倉店 昭和五七年六月一日から昭和五八年四月一二日まで

月平均四八一万〇四二一円

合計五〇〇二万八三七八円

② 飯塚店 昭和五七年六月一日から昭和五八年四月一〇日まで

月平均二八四万三三二七円

合計二九三八万〇〇九七円

③ 柳川店 昭和五七年六月一日から昭和五八年六月末日まで

月平均一八〇万六二七〇円

合計二三四八万一五一〇円

④ 久留米店 昭和五七年六月一日から昭和五八年六月末日まで

月平均一八〇万六二七〇円

合計二三四八万一五一〇円

(久留米店の売上高の資料がないので、近隣店舗の柳川店と同程度とした)

売上高総額 一億二六三七万一四九五円

右売上高に対する所得率については他に資料がないので、業種別標準所得率表(新日本法規出版、交通事故損害賠償必携、資料編)によれば、メガネ小売業の平均所得率は三八・二パーセントとされているが、本件の場合は控え目にみて半分の一九・一パーセントとして、その間の控訴人らの総所得額を算出すると、二四一三万六九五五円となる。したがつて、控訴人らの本件不正競争行為によつて被控訴人に生じた損害は少くとも二〇〇〇万円を下ることはないと推定すべきである。」

二  控訴人らの主張

1  請求原因に対する控訴人らの認否

請求原因8項のうち、被控訴人の損害額を控訴人らの得た利益額により推定すべきこと、各店舗の営業期間、標準所得率表による所得率は、いずれも争わないが、その余は争う。その間の利益は全くなく赤字経営であつた。

その余の請求原因に対する控訴人一民の認否は控訴人禮子の認否と同じである。

2  不正競争防止法二条による適用除外

(一) 被控訴人主張の「メガネの松田」又は「ニューメガネの松田」の標章を使用する行為は、不正競争防止法二条一、二号に定める商品の普通名称、もしくは取引上普通に同種の商品に慣用される表示を普通に使用される方法で使用する行為、又はこれを使用した商品を販売等する行為や、同法二条一項三号の自己の氏名を善意に使用する行為、又はこれを使用した商品を販売する行為に該当する。

すなわち普通名称である「メガネ」と自己の氏名である「松田」は、不正競争防止法二条一項によつて同法一条の適用が除外され、「メガネの松田」の標章は、その適用除外された普通名称と自己の氏名を単に「の」という文言によつて接続しただけのものであつて、なんら同法一条の保護に値する標章とはいえない。

(二) 被控訴人主張の「キリンの絵」の標章について

商標の類似の判断は、取引の実際において、「外観」、「称呼」、「観念」のいずれか一つ以上の点において紛らわしく、これを同一又は類似の商品に使用した場合に取引者、需要者をして、それらの商品の品質や出所につき誤認混同を起こさせる程度に近似している場合といわれる。そして、類似の有無の判断については、外観の比較対照も必要であるが、マスメディアの発達した今日では称呼等聴覚によつて商品を購入する場合も多いところから、その称呼の対比も重要であり、また称呼は同時に観念を伴う場合も多い。

控訴人一民は、昭和四〇年ころ本件の「キリンの絵」を商標登録しようとしたが、岩崎英雄所有の「キリン」の登録商標に類似するものとして却下された。そこで同控訴人は、昭和五六年八月一九日これを代金七〇〇万円で譲受けて(有限会社ニューメガネの松田が事実上倒産後は、右譲渡契約を合意解約し、以後これを賃借することにし)、これまで「キリンの絵」の標章を正当に使用してきた。右「キリンの絵」の標章は図形であり、岩崎所有の前記登録商標は「キリン」という文字であるが、外観において異なるとはいえ、「キリン」という称呼においては全く同一であり、観念においても類似すると判断されている。

したがつて、被控訴人が使用する「キリンの絵」の標章は、控訴人一民が岩崎から譲受けた前記登録商標に違反するものであり、不正競争防止法の保護を受けるに値しないものである。被控訴人の「キリンの絵」の標章は、昭和五七年八月一七日出願公告されているようであるが、出願公告のみでは特許法、実用新案法の場合と異なり、仮保護の権利も認められておらず、したがつて、これにより他人の行為を差し止める権利もないことは明らかである。

3  控訴人らの善意先使用の抗弁

「メガネの松田」、「キリンの絵」の各標章は、そもそも控訴人一民が昭和三八年松田眼鏡店(当時はまだ個人企業であつた。)に勤務していた当時発案したもので、その後昭和四八年ころまで右株式会社松田眼鏡店(以下単に松田眼鏡店という。)が眼鏡販売のため使用してきたものである。その間、右各標章は松田眼鏡店の事業表示として周知され、同会社の事業表示として自他識別力を獲得していたものである。

ところが、昭和四四年八月控訴人一民は、右会社から独立して被控訴人会社を設立し、同会社の事業表示として本件各標章を盗用して使用し始めたが、松田眼鏡店はいわゆる控訴人一民を含む松田家の同族会社であり、代表者の松田チヨコは、控訴人一民の実母である関係から、やむなく同控訴人に対してのみ本件各標章の使用を黙認していたものである。

したがつて、昭和五四年一一月控訴人一民と妻の松田みち子が離婚し、控訴人一民が被控訴人会社から完全に手を引いた時点で、被控訴人会社は、松田眼鏡店に対する関係で、右各標章の使用は中止すべきであつたのである。そして、かえつて被控訴人の右標章使用行為は松田眼鏡店との関係で不正競争防止法一条一項に該当するものである。

控訴人一民は、昭和五六年二月一日眼鏡店を始めるに当たり、松田眼鏡店から「メガネの松田」という標章と商号を使用して業を行うことの許諾を得、その後同年五月一日に有限会社ニューメガネの松田(以下単にニューメガネの松田という。)として法人化し、本件「ニューメガネの松田」の標章を使用してきた。即ちニューメガネの松田は、「メガネの松田」という標章の使用権を持つ松田眼鏡店から通常実施権を与えられ、これに基づいて正当に使用するものであり、又は被控訴人に対し先使用権を有するものである。

4  権利濫用又は信義則違反の主張

前記のとおり、本件各標章は、もともと控訴人一民の発案に係るもので、同人を含めた松田家一族が営む松田眼鏡店が昭和三八年ころから昭和四八年ころまで(但し「メガネの松田」は昭和五五年まで)、九州全県、山口地方において、テレビ、新聞、チラシ、刊行物等により、自己の業のために標章として使用、継続していたものである。そして右地区内では既に本件標章は松田眼鏡店の事業表示として広く周知されていた。

昭和四四年八月、控訴人一民は、右松田眼鏡店から独立して被控訴人会社を設立した際、前記のとおり松田眼鏡店の代表者の松田チヨコ(控訴人一民の実母)は同控訴人に対してのみ(被控訴人会社に対してではなく)本件各標章の使用を黙認したこと、したがつて昭和五四年、控訴人一民が被控訴人会社から完全に手を引いた時点で、被控訴人会社は右各標章の使用は中止すべきであつたこと、控訴人一民は、昭和五六年松田眼鏡店から「メガネの松田」という標章の使用権限を付与されて使用してきたこと、以上のような、被控訴人が本件標章を使用するに至つた経緯、控訴人一民離脱後の被控訴人による違法な使用状態からすれば、被控訴人の本件主張は権利の濫用又は信義誠実の原則に違反し、許されない。

5  控訴人らは昭和五七年五月二四日協議離婚し、そのころから控訴人一民は、ニューメガネの松田の門司店を除く各店舗を控訴人禮子に譲渡し、その後小倉店は昭和五八年四月一二日ころ、飯塚店は同年四月一〇日ころ、柳川、久留米店は、同年六月末日他に売却譲渡し、また鳥栖店は昭和五六年九月、門司店は昭和五八年一月にそれぞれ廃業している。そのうち小倉店のみは昭和五八年五月から松田両嗣が「キリンのメガネ」という名称で眼鏡店を開き、同年九月一七日有限会社キリンのメガネに法人化し、現在に至つている。

三  控訴人らの主張に対する被控訴人の答弁及び主張

1  控訴人らの主張2項は否認又は争う。同3、4項はいずれも否認する。

2  昭和四四年八月、控訴人一民は、右松田眼鏡店から独立して被控訴人会社を設立したが、自己が右松田眼鏡店に勤務中に発案した本件各標章を、被控訴人会社の事業表示として使用し始めた。そこで松田眼鏡店の代表者松田チヨコ(控訴人一民の実母)は、昭和四八年ころに至り、自己経営の松田眼鏡店と被控訴人会社の商品及び営業活動が混同されるのを避けるため、前記各標章を松田眼鏡店のために使用することを中止した。そこで昭和四八年ころから今日に至るまで、本件各標章は専ら被控訴人会社が自己の営業のために使用してきたものであり、その結果、福岡県及びその周辺の取引業者、需要者らによつて右各標章は被控訴人会社の商品及び営業活動を示すものとして広く認識されるに至つたものである。

3  控訴人一民は、被控訴人会社を退職した後、昭和五六年五月一日ニューメガネの松田を設立し、北九州市門司区で眼鏡店を開業し、その後飯塚市、鳥栖市、柳川市に順次販売店を開設し、本件各標章をその営業及び商品の表示として使用するようになつた。

そこで、被控訴人は、昭和五六年一〇月ころニューメガネの松田及び控訴人一民を相手取り、福岡地方裁判所小倉支部に商号等使用禁止の仮処分を申請し、口頭弁論が開かれて審理された結果、昭和五八年二月二一日被控訴人勝訴(仮処分認容)の判決がなされた。

ところがニューメガネの松田は昭和五七年四月以降順次前記各販売店の営業を控訴人一民の妻控訴人禮子に譲渡していたが、外部からはその営業譲渡の事実は認識できなかつた。そのため右仮処分判決により執行するも、同会社はもぬけのからで、執行不能となつた。そして昭和五七年五月二四日控訴人らは協議離婚した。しかし控訴人一民は、同年一一月末ころまで前記ニューメガネの松田の代表者として各販売店を支配し、同会社倒産後は所在をくらまし、控訴人禮子がその各店の営業主となつた。そして被控訴人が本件訴訟を提起するとともに控訴人禮子を相手として右標章使用禁止の仮処分、標章侵害による損害賠償債権に基づく仮差押えの執行を開始するや、今度は右営業を松田両嗣(控訴人禮子の実子、控訴人一民の養子)が代表者になつている有限会社キリンのメガネに譲渡し、控訴人一民が実質上同会社の経営をしている。そして前記控訴人禮子に対する仮処分、仮差押の執行に際しては、控訴人一民がその都度執行現場で事実上種々の指示説明をしていた。

このような経過によると、控訴人禮子に営業が譲渡された以後も控訴人一民は控訴人禮子とともに実質的に共同で各販売店の営業をしていたものであることは明らかである。

4  控訴人一民は、岩崎英雄から「キリン」なる商標権を譲受ける契約をしたが、右譲渡代金不払いのため同契約は解除されており、控訴人一民は右商標の商標権を取得していない。また、控訴人一民は、被控訴人会社を退職するに際し被控訴人会社に対する一切の権利を放棄している。

5  被控訴人が主張する「キリンの絵」の標章と岩崎所有の「キリン」の商標とは同一でも類似でもなく、全く別個の商標であり、現にそれぞれ別個に商標登録がなされている。即ち被控訴人の「キリンの絵」の商標は、昭和五四年八月一七日出願公告、昭和六〇年七月二九日商標登録がなされている。なお、被控訴人は、控訴人らとの本件紛争の経過を考慮し、昭和五九年八月三〇日岩崎英雄から右「キリン」の商標権の譲渡を受け、その権利者となつた。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  松田龍介は、大正一四年から北九州市小倉北区において、「松田眼鏡店」の名称で眼鏡店を経営していた。昭和三八年ころ、右松田眼鏡店に勤務していた控訴人一民(龍介の長男)が、本件「メガネの松田」(原判決別紙目録(二)記載のもの)、「キリンの絵」(同目録(三)記載のもの)の各標章を発案し、松田眼鏡店が眼鏡等販売のためこれを使用するようになり、昭和四〇年四月一日に松田眼鏡店は株式会社組織になつたが、その後も右各標章は株式会社松田眼鏡店の事業表示として、テレビ、新聞、チラシ広告等により、九州及び山口県地方の取引業者、需要者に広く周知されていた。その後昭和四一年一一月一一日龍介死亡に伴いその妻松田チヨコが同会社の代表取締役となつた。

2  ところが、昭和四四年八月控訴人一民は、松田眼鏡店の代表者である母チヨコらとの意見が会わず、右会社を辞め、間もなく同年一〇月一日同様に眼鏡等の販売を目的とする被控訴人会社を設立した。そして控訴人一民は被控訴人会社の営業や商品の表示として前記の各標章を使用し始めた。当初、松田眼鏡店は控訴人一民に対し右標章を使用しないように申入れたりしたが、同控訴人はこれに従わず、松田眼鏡店はいわゆる松田家の同族会社であり、代表者の松田チヨコも控訴人一民の実母である関係から、やむなく被控訴人会社において右各標章を使用することを黙認し、かえつて松田眼鏡店の方では、被控訴人会社の商品や営業活動との誤認混同を避けるため、遅くとも昭和四八年ころまでには、右各標章を使用することを止めてしまつた。それ以後本件各標章は専ら被控訴人会社が自己の商品(原判決別紙目録(一)記載の商品、以下本件商品という。)及び営業活動を示すものとして使用するようになり、その結果、福岡県、山口県及びその周辺の取引業者、需要者らによつて右各標章は被控訴人会社の本件商品及び営業活動、施設を示すものとして広く認識されるようになつた。

3  控訴人一民は、昭和五〇年ころから控訴人禮子と親密になり、やがて同女と同棲するようになつた。そして控訴人一民は、昭和五四年妻みち子と協議離婚するとともに、同年九月二五日被控訴人会社を退職し、みち子が被控訴人会社の代表者になつた。右離婚の際、控訴人一民は妻みち子に対し、被控訴人会社に関する一切の権利を放棄する旨の確認書(乙第四号証)を差入れた。

4  やがて控訴人一民は、昭和五六年二月ころから北九州市門司区で「ニューメガネの松田」の名称で眼鏡店を開業し、本件商品を販売するようになり、同年五月一日会社組織にしてニューメガネの松田を設立した。右会社は実質上は控訴人らの個人企業であり、控訴人一民が実際の運営に当たり、控訴人禮子はこれに出資し、融資に対する保証をするなどして協力していた。その後右会社は北九州市小倉北区、飯塚市、久留米市、鳥栖市、柳川市、に順次店舗を開設し、「ニューメガネの松田」の標章(被控訴人使用の「メガネの松田」の標章と書体は全く同じであり、ただその頭部に約四分の一の大きさの同じ書体で「ニュー」の文字が付加されているもの)及び「キリンの絵」の標章(被控訴人使用のものと殆ど同一のもの)を、右各店舗の看板、ドア、商品のレッテル、ラベル、正札、包装紙、レシート、広告のチラシ等に使用するようになつた。

そこで、被控訴人は、昭和五六年一〇月ころニューメガネの松田及び控訴人一民を相手に、右各標章等の使用の禁止を求めるため、福岡地方裁判所小倉支部に商号等使用禁止の仮処分を申請し、口頭弁論が開かれて審理された結果、昭和五八年二月二一日右仮処分を認める判決がなされた。

5  ところが、昭和五八年二月二六日右仮処分判決によりニューメガネの松田の門司店及び小倉店に執行に赴いたところ、ニューメガネの松田は昭和五七年四月以降順次前記各店舗の営業を控訴人一民の妻である控訴人禮子に譲渡したと主張した(しかし外部からはその営業譲渡の事実は認識できなかつた)ため、その執行は不能となつた。また、その間、昭和五七年五月二四日に控訴人らは協議離婚していた。

しかし控訴人一民は、昭和五七年一一月末ころニューメガネの松田が不渡手形を出して事実上倒産するまで同会社の代表者として各店舗を支配し、同会社倒産後は控訴人一民は一時所在をくらまし、控訴人禮子が右会社に出資していたこともあつて各店舗の営業名義人となつた。しかし各店舗の営業名義が控訴人禮子になつた後も、その事実上の営業には控訴人一民が関与していた。

6  そして被控訴人が、昭和五八年四月本件訴訟を提起するとともに控訴人禮子を相手として、前記の標章使用禁止を求める仮処分、標章侵害による損害賠償債権に基づく仮差押の各執行を実施したところ、控訴人らは前記各店舗の営業を昭和五八年六月ころまでに順次廃止し、又は他に譲渡し、小倉店のみは、同年五月、営業名義を松田両嗣(控訴人禮子の実子で控訴人一民の養子)に変更し、後に右両嗣を代表者とする有限会社キリンのメガネを設立(昭和五八年九月一七日設立登記)し、控訴人一民が実質上同会社の経営をしている。なお、前記各店舗においてなされた前記仮処分や仮差押の執行に際しては、控訴人一民がその都度執行現場で事実上種々の指示説明をしていた。

このようにして、ニューメガネの松田は、実質上控訴人らの個人企業で、控訴人両名の共同経営であり、したがつて控訴人禮子に営業名義が移転した後も控訴人一民は控訴人禮子とともに実質的に共同で各店舗の営業をし、本件各標章を使用していたものである。ただし、現在は前記各仮処分により一応控訴人らによる本件各標章の使用は排除されている。

7  一方、被控訴人は、昭和五四年八月一七日本件「キリンの絵」の商標登録を申請し、昭和五七年八月一七日出願公告がなされ、昭和六〇年七月二九日商標登録がなされた。

なお、右出願に対して控訴人ら主張の「キリン」の登録商標(「キリン」という楷書で書かれた片仮名三文字からなる標章、以下「キリンの文字」の商標という。)を有する岩崎英雄から異議申立がなされたが、被控訴人は、控訴人らとの本件紛争の経過を考慮し、昭和五九年八月三〇日右岩崎から右「キリンの文字」の商標権の譲渡を受けている。

また、控訴人一民は、それより先の昭和五六年八月一九日右岩崎から右「キリンの文字」の商標を買受ける契約を締結したが、代金の支払いができず、解約されている。

以上の事実が認められ、当審における控訴人一民、原審及び当審における控訴人ら各本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

特に控訴人本人松田一民は、ニューメガネの松田の各店舗における営業は、控訴人禮子に譲渡し、その後は自分は各店舗の経営には一切関係がなくなつたかのごとく供述するが、その営業譲渡の時期については主張(昭和五七年五月離婚したころ)と控訴人らの供述(同年一一月ニューメガネの松田の倒産直後ころ)がかなり食違つており、また譲渡した店舗についても控訴人本人らの供述の間に食い違い(控訴人一民本人は全店舗といい、同禮子本人は小倉店と久留米店のみという)があり、果して明確な譲渡があつたかどうかについても疑問があるだけでなく、控訴人一民本人の供述によつても、その後も控訴人一民は、残務処理とかアドバイスや手伝いと称して実際の営業に関与していたことが認められること、一方、控訴人禮子本人の供述によれば、控訴人禮子は眼鏡販売については全く知識、経験がなかつたから、同人だけでは営業ができなかつたこと、が認められること、等からすれば、控訴人本人松田一民の前記供述は到底措信できない。

二以上の認定の事実によれば、本件「メガネの松田」及び「キリンの絵」の各標章は、不正競争防止法一条一項一、二号にいう本邦内で広く認識せられている商標または標章に当たると解すべきである。そして、右標章は、被控訴人の本件商品や営業活動、施設を表示する標章であると認めるのが相当である。

そこでこれに対する控訴人らの主張について判断する。

1  まず、控訴人らは、右各標章の使用権は松田眼鏡店にあり、被控訴人の方がむしろ松田眼鏡店との関係で不正競争防止法一条一項に該当するものであると主張する。

なるほど、前記一の1項認定の事実によれば、本件各標章は、少なくとも昭和四四年ころまでは、松田眼鏡店の商品及び営業を表示する標章であつたといえる。しかし、前記一の2項の認定事実によれば、松田眼鏡店は、被控訴人が本件標章を使用するのを黙認し、かえつて、これとの誤認混同を避けるため、自己のために右標章を使用することを止め、以後は専ら被控訴人のみが右各標章を自己の商品及び営業を表示するために使用するようになつたのである。このように、松田眼鏡店が不承不承であれ、被控訴人が右標章を使用することを黙示に承認していた以上、被控訴人による右標章使用が不正競争防止法上の不正競争行為となることはなく、右標章が同法による保護を受ける資格がないという理由はない。

もつとも、控訴人らは、松田眼鏡店は控訴人一民に限つて右各標章の使用を認めていたものであると主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。そして、控訴人一民が被控訴人会社を退社した後も、被控訴人が前記各標章を使用していることにつき、松田眼鏡店から抗議をした形跡は全く認められない。また、仮に松田眼鏡店が右標章を使用する権限を控訴人一民のみに認めたとしても、前記一の3項認定のとおり、同控訴人は被控訴人会社を退職するに際し、同会社に対する一切の権利を放棄しており、その中に本件標章を使用する権限も当然に含まれると解せられる。

そして、控訴人らがニューメガネの松田のため「ニューメガネの松田」や「キリンの絵」の標章の使用を始めた昭和五六年までに、被控訴人は既に一二年間(松田眼鏡店が前記各標章を全く使用しなくなつてからでも八年間)前記各標章を自己の商品及び営業の施設、活動を表示するものとして使用してきたものである。その結果、前記認定のとおり、福岡県、山口県及びその周辺の取引業者、需要者らによつて右各標章は、被控訴人会社の商品及び営業を示すものとして広く認識されるようになつたものである。これに反して、松田眼鏡店は右各標章を長年使用しなかつたため、これと松田眼鏡店の商品や営業との結合は既に薄弱となつてしまつていたと認められる。

そして、不正競争防止法一条一項一、二号は、商標法による場合とは異なり、商標または標章等の使用により形成された利益状態を保護する趣旨と解せられるから、右の時点では、右各標章に基づき不正競争防止法一条一項一、二号による保護を受ける利益を有するのは被控訴人であり、反対に松田眼鏡店はその利益を有しなくなつていたものといわなければならない(もちろん、松田眼鏡店は右各標章につき商標として登録を受けていなかつたから、これにつき商標権を有していなかつたことはいうまでもない。)。

なお、前記一の7項に認定したとおり、当時被控訴人の出願公告の段階であつた「キリンの絵」の標章は、現在、被控訴人がその商標の登録を受けて、商標権を有するに至つている。

よつて、控訴人らの前記主張は理由がない。

2  次に、控訴人らは、昭和五六年二月一日控訴人一民がニューメガネの松田を開業するに際し、松田眼鏡店から右標章の使用権限を認められたものであるから、これによる標章使用行為は不正競争防止法上の不正競争行為に当たらないと主張し、当審における控訴人一民本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分がある。

しかし、その証拠とされる乙第二〇号証(覚書き)には、控訴人一民に対し「メガネの松田」の商号を使用することに異議がない旨の記載はあるが、本件標章についてはなんらの記載もないこと、しかも前記乙第二九号証(別件における証人松田チヨコの供述調書)によれば、松田眼鏡店の代表者である松田チヨコは、控訴人一民が「メガネの松田」の名を使用することには反対であつた旨の供述記載部分があること、等から前記控訴人一民本人の供述は措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

また、仮に松田眼鏡店から右標章の使用権限を認められた事実があつたとしても、前記説示のとおり、当時松田眼鏡店は、右標章について商標権はなく、不正競争防止法上の保護を受けるべき利益をも有しなかつたものであるから、これから右標章の使用権限を与えられたとしても、それはなんらの効力も生じないといわざるをえない。

よつて控訴人らの右主張も理由がない。

3  次に、控訴人らは、被控訴人主張の「メガネの松田」又は「ニューメガネの松田」の標章は、不正競争防止法二条一項一、二号に定める商品の普通名称、もしくは取引上普通に同種の商品に慣用せられる表示を普通に使用される方法で使用する行為、又はこれを使用した商品を販売等する行為や、同法二条一項三号の自己の氏名を善意に使用し、又はこれを使用した商品を販売する行為に該当すると主張する。

確かに、「メガネ」が商品の普通名称であり、「松田」は被控訴人や控訴人らの氏名ではあるが、本件のように、普通に用いられる方法ではなく、これが組合わされ、その字体などに特殊な技巧が加えられ、しかも長年特定の者によつて使用された結果、その者の商品又は営業を表示するものとして識別力をそなえるに至つた場合には、不正競争防止法一条一項一、二号によつて保護さるべき商標又は標章に当たるものと解するのが相当である。よつて、控訴人らの右主張は採用できない。

4  控訴人らは、被控訴人が使用する「キリンの絵」の標章は、控訴人一民が岩崎英雄から譲受けた「キリンの文字」の登録商標に抵触するものであり、不正競争防止法の保護を受けるに値しないものであると主張する。

しかし、本件の「キリンの絵」の標章は図形であるのに対し、岩崎所有の前記登録商標は「キリン」という文字であつて、外観において全く異なるものであり、また、「キリンの絵」の標章には称呼がその要素となつていないと考えられるから称呼上の共通性はなく、ただ観念において多少共通するものがあるとはいえるが、両者を全体的に観察した場合、取引業者や一般の需要者により、それらの商品の出所や営業の主体が混同せられる程度に紛らわしいとは、到底認められない。よつて、「キリンの絵」の標章が前記「キリンの文字」の商標権に抵触するものとはいえず、控訴人らの右主張は採用できない。

5  以上のとおり、控訴人らの本件標章の使用行為にはなんら正当性は認められず、また被控訴人の請求を不当ならしめる事情も認められず、他に控訴人ら主張のような権利濫用又は信義則違反の事情を認めるに足る証拠はない。

三前記一の4ないし6項の認定事実によると、控訴人らは共同して被控訴人主張の各店舗で、その主張の期間(各店舗の営業期間については当事者間に争いがない)自己の本件商品及び営業活動を表示するため本件「ニューメガネの松田」及び「キリンの絵」の各標章を使用するに至つたものであり、前記一の4項認定の事実によれば、右控訴人らの行為は、被控訴人の商標または標章と同一もしくは類似の標章を使用して、被控訴人の本件商品、営業の施設、活動と誤認、混同を生じさせたものということができ、そのため当然に被控訴人に営業上の損害を与えたことが推認でき、右認定を覆すに足る証拠はない。

別紙(二)

別紙(三)

したがつて被控訴人は、不正競争防止法一条一項一、二号により、控訴人らに対し右各標章の使用を差止める権利があるとともに、同法一条の二第一項により、控訴人ら各自に対しその損害の賠償を求めることができるものである。

なお、前記認定のとおり、現在、控訴人らは、本件各標章を使用して本件商品の販売行為はしていないが、これは控訴人らの自発的意思に基づくものではなく、前記仮処分の執行により右標章の使用が差止められ、また、仮差押の執行により営業自体ができなくなつたことによるものである。そして控訴人らは本件訴訟において自己の右標章使用行為は不正競争防止法一条一項一、二号に該当しないとして争つていることが明らかである。したがつて、右仮処分の効力がなくなれば、将来同様の行為を行う虞が否定できず、本件標章使用の差止を求める利益はなお失われていないというべきである。

四そこでその損害額について判断する。被控訴人が控訴人らの本件不正競争行為により蒙つた損害については、直接これを認定するに足る証拠はないが、商標法三八条の規定を類推適用して、右行為によつて控訴人らが得た利益額をもつてその損害額を推定するのが相当である(このことについては当事者間に争いがない。)ところ、〈証拠〉によれば控訴人らが各店舗で本件不正競争行為をした期間とその間の平均売上高及び合計売上高は請求原因8項記載のとおりであることが認められ(各店舗の営業期間については当事者間に争いがない。)、右認定に反する証拠はない。そして右売上高総額一億二六三七万一四九五円に対する利益については、業種別標準所得率表(新日本法規出版、交通事故損害賠償必携、資料編)によれば、メガネ小売業の平均所得率は三八・二パーセントとされているが、本件の場合は控え目にみて半分の一九・一パーセントとして、その間の利益額を算出すると、二四一三万六九五五円(円未満四捨五入)となる。

ところで、前記一項認定の事実によれば、本件各標章の発案者が控訴人一民であること、被控訴人が右各標章を使用するに至つた事情が前記一の2項認定のとおり、不正競争防止法の趣旨に反するような方法によつていること(もつともそれは当時の代表者である控訴人一民によつてなされたものであるが)、控訴人らの使用した「ニューメガネの松田」の標章は、紛らわしいとはいえ、頭部に「ニュー」という文字を冠して被控訴人らの標章と区別しようとしたことが窺われること、などを考慮すると、右標章の不正使用により被控訴人の受けた損害額は、前記総利益額の五〇パーセントに当たる一二〇六万八四七八円(円未満四捨五入)であると推認するのが相当である。

これに対し、右控訴人一民本人は、多額の人件費や、出店後間もなく閉店したりしたための費用等で、営業は赤字経営であり、その期間の現実の利益は全く無かつたと供述するが、控訴人らの利益額を算定するのは、前記のとおり、これによつて被控訴人が受けた損害額を推定するためであるから、控訴人側の特別な事情による出費や損失のため現実の利益が減少したことは損害額の推定に当たつて考慮すべきではないと解すべきである。そして、かなり控え目な割合を適用して算定した前記損害額は決して不当とは考えられない。

よつて、被控訴人の控訴人らに対する損害賠償の請求は、控訴人ら各自に対し、右損害金一二〇六万八四七八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(記録上、控訴人松田禮子については昭和五八年四月二二日、同松田一民については同年七月一四日であることが明かである。)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

五以上によれば、被控訴人の控訴人らに対する標章の使用差止の請求は理由があるからこれを認容すべきであり、損害賠償の請求は前記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、これと異なる原判決主文二項を主文一項のとおり変更し、本件控訴中その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新海順次 裁判官綱脇和久 裁判官萱嶋正之)

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